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欧州徒然草

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ECBは病的緩和?

今日は旅の情報から離れて,2014年6月5日に発表されたECB(欧州中央銀行)の金融政策についてです.



ECBが発表した政策は大きく3つに分かれます.
(1)政策金利の引き下げ



ECBは3つの政策金利を持っていますが,ぞれぞれ変更されました.



*貸出金利:0.75%→0.40%
*主要金利:0.25%→0.15%
*預金金利:0.00%→マイナス0.10%



預金金利のマイナス化は,近年ではスウェーデン,デンマークに続く3例目で,大きなニュースになっています.



(2)銀行貸し出しの促進



銀行による企業や家計(住宅ローンを除く)への貸し出しを増やすために2つの政策を実施します.



*ターゲット中長期オペ(TLTRO)の導入
*ABSの買い切りオペ



ターゲット中長期オペとは,ECBがこれまで実施してきた長期オペ(LTRO)に新しく追加されるもので,銀行の貸出残高の7%に相当する金額まで,ECBが銀行に貸し出すものです.2016年6月まで3か月に1回のペースで実施される予定で,銀行が貸し出しを増やすとその3倍までECBからの追加借り入れができます.TLTROに適用される金利は,MRO金利+0.10%で非常に低い金利だといえます.返済期日は2018年9月で,2016年には繰り上げ返済もできるようになります.



(3)定期的な金融政策手段について



*主要オペ(MRO)と満期3か月間の中長期オペ(LTRO)はこれまで通り,銀行からの借り入れ希望額をすべて認める.
*満期が1準備期間の特別オペ(special-term refinancing operations)を廃止する.
*SMP(証券購入プログラム)に付随していた不胎化政策を廃止する.



専門用語だらけで難しそうですが,ECBはこれまでも大量の資金を供給してきました.これを今後もさらに強化して続けるということです.





§.どの政策がポイントか



マイナス金利は非常に珍しい政策のため,多くの人々の注目を集めています.金利がマイナスということは,お金を貸した人が利子を払うということで,ちょっとおかしな世界になっています.ECBの預金金利というのは,銀行がECBから借りたお金を企業に貸し出さずに,ECBの口座においたままにしておくと適用される金利です.ECBの仕組みでは,銀行は一般のお客さんから預かったお金の一定割合(現在は2%から1%に引き下げられています)をECBの口座に入金しておかなければなりません.これを必要準備といいます.準備預金制度と呼ばれる仕組みです.銀行は預かったお金の1%分だけECBの口座に入金し,残りの99%を企業や家計に貸し出して収益を得ることができます.しかし,銀行は貸し出しを抑制して(バーゼルIIIや今後予定されているECBのストレステストなどの影響もありそうです),より多くのお金をECB口座に入金しています.ECBはちょっとやそっとでは破綻しないので,この口座は銀行にとってとても安全です.



これまでは,必要準備を超える金額を口座に預けると,金利は0.00%でした.しかし,6月11日からはマイナス0.10%になります.つまり,銀行はECB口座に余計なお金を入れておくと,利子をもらえるのではなく支払わなければなりません.それはもったいないので,必要準備だけECB口座に入れておいて,残りは企業に貸し出すことを狙っています.



ECBホームページのプレスリリースによると,この政策により,企業はより低い金利で銀行からお金を借りられるのだそうです.経済成長に役立つ政策だとしています.また,マイナス金利の導入はコリダーモデルの維持にあると主張しています.コリダーモデルの解説はここでは省略します.



本当でしょうか? マイナス金利による影響は3点考えられます.第一は,銀行はマイナス0.10%の金利を手数料と考えて何のアクションも起こさないということです.手数料はいやだけど,企業に貸すと返ってこなくなる不良債権化のリスクがあるのでそれは避けたいという考え方です.
第二は,必要準備を超える部分をECBに返済することです.ECB口座のお金は,仕組み上ECBから借りたことになっています.それなら返せばいいという発想です.具体的には,ECBがオペという形で資金を供給していますが,その入札に参加しないという作戦です.これは,ECBが本来行いたい,資金の量を増やして企業などへの貸し出しを増やすという目的に反します.
第三は,銀行がマイナス金利分を企業や家計に転嫁することです.家計(つまり一般の私たち)が銀行にお金を預金すると,利子を払わなければならない,というルールになってしまうということです.その他には,企業に貸し出す金利がより高くなることもあり得ます.こうなると,銀行にお金を預けたいという人が減り,銀行からお金を借りたいという人も減るでしょう.経済全体に大きなマイナスの影響があります.



当面は,第一の影響が出ると考えられます.つまり,とりあえずは何も起きない,ということです.第二,第三の影響が出てきたら,ユーロ地域(euro area)経済は大変なことになってしまいます.





マイナス金利は大きな影響はないと思われるので,実は今回私が最も注目しているのは,TLTROです.とにかく銀行にお金を渡して,景気を良くさせようとする意図がありますが,この政策は良い政策なのでしょうか?
資金の量を直接増やす政策は量的緩和(Quantitative Easing)といいますが,この政策は金融危機が起きたときに金融システムの崩壊を防ぐために用いられるべき政策で,景気対策に使うべきものではありません.量的緩和を景気対策に用いることを私は病的緩和(Quackish Easin)と呼んでいますが,病的緩和は話題性はあるものの,これまでの経験ではプラスの効果は見られません.むしろ経済には弊害が多く,長期的な成長を引き下げてしまいます.これらの点については,以下のペーパーでまとめてみました.専門家向けですので,ちょっと難しいかもしれません.



川野祐司(2014)「量的緩和と病的緩和−Theory of Monetary Policy Design, Quantitative Easing and Quackish Easing−」『東洋大学経済学部ワーキングペーパー』,No.15.



私の率直な感想は,ECBが病的緩和に陥った,というものです.このような措置をとった背景には,ユーロ高がユーロ地域の景気を冷やしているという批判があったという声もあります.新しい政策によりユーロは確かに下がりましたが,ほんの数時間で効果が切れました.為替市場は1つの中央銀行で制御できる大きさではなく,小手先の政策で動かすことはできないのです.また,ユーロ地域ではディスインフレ(非常に低いインフレ)が生じていてデフレのリスクがあるので,とにかく何でもした,という声もあります.それならまず,なぜディスインフレが起きているのか分析する必要があります.しっかりとした分析,誰が対策を打つべきか(ECBかEUか加盟国政府か),よく吟味する必要があるのではないでしょうか.


本日の記事のより詳しい情報は,以下のページを参照してください.



川野祐司(2014)「2014年6月5日にECBが公表した金融政策について」『国際貿易投資研究所フラッシュ』,No.191.



本日はここまで.