欧州徒然草

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スイスの銀行で広がる事実上のマイナス金利

 

今日はスイスのマイナス金利のお話です.

11月11日にスイスのポストファイナンス(PostFinance)が公表した新しい手数料体系によると,2017年2月1日からは,口座の残高が100万スイスフラン(CHF)を超える部分には1%の手数料がかかります.これを根拠に,スイスでは個人の口座にもマイナス金利がかかるようになったという報道がありました.


公表された内容を見てみると,今回の措置はスイスの中央銀行であるスイス国立銀行(SNB)のマイナス金利政策と事業の制限により,仕方なく導入したと主張しています.ポストファイナンスという名前から想像できるように,スイス郵便とスイス政府が株式を保有している,日本でいうとゆうちょ銀行のような存在です(ポストファイナンスは2013年に銀行免許を取得しました).そのため,手数料は低めで,例えば,口座維持手数料は月に5CHF(7500CHF以上の残高があると無料になる)で通帳に当たる取引明細書も無料で発行されます.貸出面でも政府系ということで制限があるようで,収益を上げるのが難しくなっているようです.

 

スイスは2014年12月にマイナス金利を導入し,現在は市中銀行の超過準備に対してマイナス0.75%の金利が課されています.市中銀行が実際に支払うマイナス金利としては,スイスは他の国々に比べて最も低い水準に設定しています.この措置により,ポストファイナンスは年間1000万CHFのコストが発生しており,手数料の値上げで損失を回避したいというわけです.マイナス金利については「ヨーロッパ経済とユーロ」を参照してください.

 

2017年1月1日より,個人の口座については,0.2~0.8%の金利が0.05~0.55%に引き下げられます.ユーロ建て口座の金利は0.05%から0.00%に引き下げられます.日本の銀行と異なり,スイスの銀行には通常の口座,貯蓄を目的とした口座,支払いを目的とした口座,学生向け,高齢者向けなど様々な口座があるため,金利に幅があります.スイスの他の銀行でもそうですが,口座の種類によってデビットカードの使用額や現金の引き出し額に制限があり,それを超えるとかなり高い手数料が発生します.ライフスタイルに応じた口座の選択が必要で,その意味では日本の銀行は非常に手数料が安く,口座を選ぶもの簡単だといえます.

金利が付くのは25万CHFまでで従来の50万CHFから引き下げられます.それを超える部分には金利は付きません(ユーロ建ては35万ユーロから20万ユーロに引き下げ).その他には,外国に居住する人が開いている口座に対する手数料も2017年1月より1カ月につき25CHFから50CHFに引き上げられます.手形の受け入れ手数料も引き上げられます.

例えば,110万CHFを退職者向け口座に預けている人は,初めの25万CHFまでは0.30%,次の75万CHFは0.00%,最後の10万CHFには逆に1%の手数料がかかり,差し引きで250CHFの手数料がかかることになります.全体の金利は約マイナス0.02%という計算になります.この計算だと大したことがないように見えますが,一般の成人が作る口座の金利は0.00%のことが多いため,収入部分が全くなく手数料だけかかる人も多くなります.この場合,10万CHFは他の銀行に移すのがいいでしょう.

2015年には1000CHF札の発行が増えました.預金ではなく現金で保有しようとする動きですが,2016年にはこの動きが落ち着いています.ただ,企業や自治体向けにはマイナス金利に相当する手数料が普及しており,何とかして預金残高を減らそうという動きは続いているようです.

 

他の銀行も見てみましょう.UBSでは24歳以上の人が持つ口座には通常,月20CHFの口座維持手数料がかかります(口座には様々な種類があるため,もっと手数料の低い口座もあります).金利が付くのは口座によりますが,10万~50万CHFまでで,それを超えると,0.00%や0.01%に金利が下がります.

クレディ・スイスでも多くの種類の口座がありますが,口座維持手数料は5~80CHFかかります.金利は口座の種類によって0.01%~1.00%まで付きますが,10万~50万CHFを超えると0.00%や0.01%に下がります.

今のところ,個人の口座には手数料が課されていませんが,今後はポストファイナンスに追随する動きが出てくるかもしれません.スイスの銀行にとっては預金は余計なもので,必要最低限だけの預金がほしいと考えています.

 

ウォールストリートジャーナルの記事では,UBSとクレディ・スイスを合わせると年間1億7000万CHF,ユリウス・ベアでは年間2000万CHFのマイナス金利をスイス国立銀行に支払う計算になるそうです(John Letzing "Big Swiss Banks Feel Pain of Negative Rates" The Wall Strees Journal, July 26, 2016).

 

スイスは長期国債の利回りもマイナスで推移しています.アメリカの大統領選挙後の世界的な金利上昇(国債価格下落)の影響はあるものの,10年国債利回りはまだマイナス圏です(12月3日時点では-0.148%,1か月前は-0.323%,データはInvesting.com).預金を受け入れるとコストが発生し,国債への投資も収益を生みません.大企業は金利低下を受けて社債による資金調達を増やしており,優良な貸出先の確保は大変です.

 

図1 スイスとユーロ地域の住宅ローン金利

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(出所)データはSNB,ECB.

 

図2 ヨーロッパ各国の住宅価格

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(出所)データはSNB,Eurostat.

 

ユーロ地域では,低金利により住宅ローンが増えていますが,スイスでは住宅ローン金利の低下余地が小さく,住宅価格の増加幅も小さくなっています.

 

全体として,マイナス金利は銀行の経営に悪影響を及ぼしています.それならばマイナス金利政策を止めればいいのですが,スイスにはユーロ地域から資金が流入しやすく,その結果CHF高になりやすいことがあります.ユーロ地域からの資金流入を防ぐために,ユーロよりも金利を低くして,CHFの魅力を下げる必要があるわけです.

マイナス金利政策には批判が多く,ECB(欧州中央銀行)が政策を転換させるのかどうかが注目されています.日本も2016年よりマイナス金利政策を導入しており,日本とヨーロッパの銀行は同じような環境に直面しています.日本銀行は金融緩和からの転換を考えていないようですので,ヨーロッパの事例は日本の見通しを考える際にも参考になる部分があります.

 

本日はここまで.